大判例

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東京地方裁判所 昭和30年(ヨ)4014号 判決

申請人 染谷金重 外三名

被申請人 国

主文

被申請人が申請人ら四名に対し昭和二十九年七月七日なした解雇の意思表示は本案判決確定までその効力を停止する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一当事者の求める裁判

申請人ら代理人は主文と同趣の裁判を

被申請人代理人は申請却下の裁判を求めた。

第二当事者双方の事実上の主張

一、申請人ら代理人は請求原因として

(一)  申請人らはいずれも駐留軍労務者として被申請人に雇用され、米軍第一五〇三輸送部隊羽田飛行場において申請人染谷は昭和二十五年十一月一日以降モータープール運転手、申請人塚越は同二十六年十月十一日、申請人山下は同年三月一日以降共に民間警備隊の警備員、申請人藤吉は昭和二十五年九月七日以降フリートサービスセクションの荷扱夫としての業務に従事し、かつ駐留軍労務者をもつて組織する全駐留軍労働組合東京地方本部羽田飛行場支部の組合員であるところ、被申請人国の機関である東京都港渉外労務管理事務所長は昭和二十九年七月七日申請人染谷、塚越に対し日米労務基本契約附属協定第六九号第一条A項第三号に該当するとして申請人山下、藤吉に対して同項第二号に該当するとして労働基準法第二十条第一項本文後段に則り三十日分の平均賃金を提供して即時解雇の意思表示(いわゆる保安解雇)をなした。

(二)  右解雇は次の理由によつて無効である。

1、就業規則と同様の拘束力を有する附属協定に違反する。

附属協定第六九号は労務基本契約第七条を明確にし駐留軍労務者の雇用契約上の権利を保障するために締結されたものである。

即ち労務基本契約第七条は「契約担当官において(註米軍側)契約者(註日本国)の供給した人員を引き続き雇用することが米国政府の利益に反すると考える場合には直ちにこの人員を解雇し附属A表の条項によりその雇用は終止される」と規定しているが、この規定によると米軍側がいかなる場合に米国政府の利益に反すると考えるのか全く不明確であつて、その恣意による解雇もやむを得ないとされる余地があるので、この不合理を是正するため駐留軍労務者の闘争の結果米国政府の利益に反するという内容を附属協定第六九号によつて、明確にし、その第一条A項に次の三つの保安基準を掲げた。

(1) 作業妨害行為、諜報、軍機保護のための規則違反またはそのための企図もしくは準備をなすこと、

(2) 米合衆国の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的にかつ反覆的に採用し若しくは支持する破壊的団体又は会の構成員であること、

(3) 前記第一号記載の活動に従事するもの又は前記第二号記載の団体若しくは会の構成員と米合衆国の保安上の利益に反して行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的或は密接に連繋すること

そして右保安基準に該当するもののみを保安解雇の対象としたものであつて、その規定の趣旨は一般企業における就業規則が解雇基準を設定したのと何等異なるところはない。したがつて保安基準に該当しないのに、これに該当するとしてなした解雇は労働者の権利を保障した解雇制限に違反し無効である。

ところで本件解雇は申請人染谷、塚越が右第三号に、申請人山下、藤吉が第二号に各該当するとしてなされたけれども、いずれも該当事由は何も存在しないので、無効といわなければならない。

2、本件解雇は信義則に違反する。

本件解雇は保安基準に該当するとなされたものであるけれども何等の該当事実がないのであるから客観的に妥当性を肯定すべき理由のないものである。

ところで、一般に労働契約においては労働者は使用者の恣意によつてむやみに解雇されないという保障的機能をもつた信義則によつて支配されるものであつて、この理は行政協定によつて日本の労働法その他の法が適用される駐留軍労務者の雇用関係において何等適用を異にしない。信義則違反即ち解雇権乱用の法理は労働者が妥当な理由のない解雇を受けない権利を与えている。しかるに本件のように保安解雇が信義則に違反しないと解釈するのは駐留軍に法令上の根拠なく特権を与えるものであつて行政協定に違反する論であることは明白である。

3、本件解雇は不当労働行為である。

申請人らの組合活動は次のように活溌であつた。

(1) 申請人染谷について

同申請人は昭和二十五年十一月羽田飛行場モータープールに運転手として入職以来作業改善等職場の明朗化に努力し新に懇談会を設けて労働条件の向上を図り、その後間もなく支部組合の執行委員となり次で昭和二十七年五月同組合副組合長に選任され爾後占領下の労務基本契約改訂闘争を推進し軍政府の無責任な労務管理と闘い、その職場の団結と組合意識を向上させるために常時職場会議を開催した。昭和二十八年五月以後執行委員として活躍したが同年八月十二、十三日に行われた労務基本契約改訂闘争のための全駐労のゼネストに際しては職場の組合員の闘争意欲を鼓舞してこれに参加させ、行動部長としてピケ隊の総指揮に当り争議中の紛争の都度軍側と接衝した。

その頃軍は組合に週四十八時間の労働時間を四十時間に短縮する旨の申入をなしたが同申請人はそれにより労働者の減収と労働強化をきたすとして強硬に反対を唱え交渉委員として軍側と交渉を重ね、その協定成立後もスケジュール変更につき軍と労務者間に鋭い対立を生じたが、同申請人は組合の先頭に立つてその団結と行動を指導し、軍並に労管と交渉の結果労働者側に有利に解決させた。その間解雇通告を受けたが、組合の抗議によりこれを撤回させた。

(2) 申請人塚越について

同申請人は昭和二十六年十月以降特殊警備員として勤務したが、同職場には階級による厳重な差別扱など軍隊同様の暗い空気があつたので、その明朗化と待遇改善を獲得するため職場組合員の組合意識を昂揚させるよう申請人山下らと先頭に立ち、同二十七年十月職場委員になると同十一月職場協議会を組織し軍と職制の横暴と闘つた。同二十八年五月執行委員に選任され労務基本契約改訂闘争を強硬に推進した。同年八月十二、十三日のゼネストに際しては情宣部長としてビラ、ポスターの作成配布、ピケラインの巡視、宣伝演説、コーラスの指導等を行い組合員の啓蒙と団結のため活溌に活動し、また組合機関紙の編集に当り組合員の声を多数掲載し軍職制の労務管理を批判した。

同二十九年一、二月頃勤務ポスト増大し著しく労働強化となつたため、これに反対して職場組合員の総意を結集し軍及び職制と交渉し勤務ポストを減少させると共に職制をも一般労務者と同様に立哨させることに成功したのであつて、これらの活動において申請人山下と共に常に主動的立場にあつた。

(3) 申請人山下について

同申請人は昭和二十八年十二月職場委員となり同時に職場協議会役員として職場の明朗化待遇改善につき申請人塚越と同一歩調をとり、同年八月のゼネストに際してはピケラインに参加し多くの未組織労働者を説得してストに協力させたのであるが、申請人塚越と共に組合活動において主動的立場にあつた。

(4) 申請人藤吉について

同申請人は昭和二十七年五月職場委員、同二十八年五月執行委員となりなお職場会議の書記を勤めた。

同年八月ゼネスト直後軍の組合に対する勤務時間短縮要求に反対し職場大会において実力をもつて闘うよう強硬に主張してその決議を成立させた。

同年一月以降米軍軍曹スワイツルが職場の監督として着任したが、同人は労務者に正規の作業外の労務を命じたため労務者の不平を生じさせ、更に航空機乗客の持物が紛失した事件につき日本人労務者が犯人であるような態度に出たことから、同申請人は職場組合員を結集しスワイツルの追放を決議し同軍曹に対する反対闘争を展開した。

その間同年五月頃同申請人は基地内日本人人事課員に呼び出され追放運動を継続すれば労務者に犠牲者が出ると脅迫されたが結局右闘争のためスワイツルは配置転換となつた。右闘争において同申請人は終始先頭に立つて主動的役割を果した。

右のように申請人らはいずれも活溌な組合活動家であつて軍側において好ましくない人物として注視されていたことは明白である。

しかして申請人らが軍の主張する保安基準該当の事実を明示できない合理的根拠は何もないのに拘らすこれを明示しないところを見れば、軍は申請人らの組合活動を嫌悪したため保安解雇に名を藉りて本件解雇の挙に出たものという外はない。

4、本件解雇は憲法第十四条、第十九条第二十一条、労働基準法第三条に違反する。

米軍側は申請人らが保安基準にいう破壊的団体又は会の構成員又はこれと連繋するものと認めて解雇したのであるが、右にいう破壊的団体の中に日本共産党が含まれていることは駐留軍労務者の雇用契約の関係者に公知の事実である。

そして米軍並に被申請人が破壊的団体のなにものであるかを明示できない合理的根拠の何もないのに拘らずこれを明示しないところを見れば、これを明示することによつて憲法違反を犯すことを免がれようとする意図あるものと推察せざるを得ない。

してみれば米軍側は申請人らが共産党員又はその同調者であると考えて解雇の処置をとつたものという外はない。右は保安解雇に藉口した思想信条による差別待遇である。

(三)  申請人らは本件解雇によつて生活の道を奪われたので急迫且著しい損害を避けるため仮処分を求める必要性がある

と述べた。

二、被申請人指定代理人は

答弁として

申請人ら主張の

第二、一、(一) 事実中附属協定第六九号第一条A項第二、三号に該当するとの通告はしない。その余の事実は認める。昭和二十九年三月軍からの通知によれば申請人染谷、塚越は右第三号に、申請人山下、藤吉は第二号に該当のおそれあるとして港労管所長に、出勤停止の要請がなされたので、同所長は即日出勤停止の措置をとつた。その後調達庁及び東京都において調査したところ申請人らはいづれも保安基準に該当する事実があるとの結果を得たので、同年四月二十七日調達庁長官より極東空軍司令官に対しその旨の意見を提出した。次で同年七月六日米軍より解雇要求があつたので同所長は即日解雇の手続をとつた。なお、米軍に保安基準該当事実を具体的に示すよう要求したが米軍はこの要求に応じなかつた。

(二) 事実中その主張の内容の基本契約及び附属協定の締結されたことは認めるがその余の主張は認めない。本件解雇が無効であるとの主張はすべて理由がない。

(1)  保安基準の性格

附属協定第六九号は基本契約第七条により米国政府において同国の利益に反すると認めた労務者の解雇基準及びその手続を定めたものであつて、この基準に該当するかどうかの最終的認定権は米軍に与えられている。即ち基本契約第七条は米国側契約担当官が労務者を引き続き雇用することが同国の利益に反すると認めたときは即時解雇手続をとるものとし、この決定は最終的のものと規定している。従つてこの規定をふえんしその基準と手続を定めた附属協定についても、その基準に該当するかどうかの決定権は終局的には米軍側に帰属すること明らかである。そして米軍は安全保障条約に基いて日本国に駐留する外国軍隊であつてその任務の性質上高度の機密保持を必要としかつその安全を守るため自己の保安について極めて鋭敏であるため、右附属協定に定めた保安基準の該当事実及びその資料について必ずしもこれを明にすることを要しないとしている。右規定の趣旨によれば、保安基準に該当するかどうかは専ら米軍の主観的判断をもつて足り客観性を必要としないといわなければならないしその故に米軍から解雇要求がなされたときは日本政府はたとい保安基準該当事実を発見でき得ないときでも、これを解雇せざるを得ないのである。従つて保安解雇についてはその基準該当が訴訟上明らかにされなくても解雇の効力に影響ないものというべきである。

(2)  本件解雇は信義則に違反しない。

使用者が労務者を解雇するのは本来自由であつて、基準法第二十条第一項本文に則り解雇するのに正当の事由を必要としない。解雇権の乱用その他不法、不当の目的達成のためにのみなされると認められる場合を除きその効力を左右されない。

そして本件解雇は駐留軍の保安上の理由に基き附属協定第六九号の手続に則りなされたものであり、かつそれのみが解雇理由であるから、解雇権の乱用になるいわれはなく信義則に違反するものでもない。即ち保安解雇の要求は駐留軍が慎重な調査と手続を履践し米国政府の利益に反すると終局的に決定されたものについてのみ行われ、雇用主たる日本国側も軍隊の特殊性に鑑みその終局的決定を尊重してこれを解雇しているのであり、労務者もかかる解雇が生じ得ることを知りながら就労しているものであつて、かかる解雇が労使間に要求される信義則に違反するとは考えられない。

(3)  本件解雇は不当労働行為ではない。

昭和二十八年十月六日全駐労から港渉外労管所長宛に当時の羽田支部役員名の通告がなされたので、その頃申請人染谷、塚越両名が同支部の執行委員であつたことは知つているが、申請人らのその余の組合活動の点に関する主張はわからない。

前記のように申請人らに附属協定第六九号に定める保安基準に該当する事実があるとの結論については米軍と被申請人側の見解は一致しているのであるが、具体的事実については米軍側から示されないし、また日本側の調査の結果についても行政処理上の理由から公表できない。しかし国側の公正な調査の結果の妥当であることは勿論であるのみならず右のように米軍と国側の調査の結果が一致したことから見ても保安上の必要があるとの判断の正当であること及び米軍において真実保安上の必要を理由として本件解雇の要求をしたものであることは明らかであるので、不当労働行為の主張は誤りである。

(4)  本件解雇は憲法第十四条基準法第三条等に違反しない。本件解雇は前記のとおり基本契約第七条とこれに基く附属協定第六九号により専ら米軍の保安上の利益を保護するためやむなく行われたものであり、その保安基準の性格も既に述べたとおりであるので、申請人らの思想信条等によつてこれを不利益に取扱つたものでなく米軍側の保安上の利益に害あるとの終局的決定に従い解雇したに過ぎない。従つて憲法ないし基準法に違反の事実のあるわけはない。

なお米軍側の判断は申請人らが4、に主張するような判断をしたかも知れないが被申請人国としてはそれを明にし得ないのでわからない。

(三) に主張のように申請人らが本件解雇によつて生活の道を奪われたかどうかはわからない。

と述べた。

第三証拠〈省略〉

理由

申請人ら主張の第二、一、(一)主張の事実は附属協定第六九号第一条A項第二、三号に該当するとの通告の点を除き当事者間に争がない。

よつて右解雇が不当労働行為であるかどうかの点を判断する。成立に争のない疎甲第一、二号証の各二、同第三号証正しく作成されたと認むべき同第二号証の一、第五、六号証の各記載と証人岡野谷猛、申請人本人塚越京介(一回)同藤吉一樹の各供述を総合すれば、申請人らは次のように活溌な組合活動家であることを認めることができる。

(1)  申請人染谷につて

同申請人は昭和二十五年十一月以降羽田飛行場モータープールに運転手として勤務したのであるが、作業の改善等によつて職場の明朗化を強力に主張し全駐労羽田支部組合の組合員として職場従業員の団結の必要を説き新に職場懇談会を設けて組合意識を鼓舞し、約半年後には同組合の執行委員に選出され更に昭和二十七年五月同組合副組合長となり、労務基本契約改訂闘争を推進し、そのためにはストの必要を強硬に主張し、常時職場会議を開催し職場における組合員の闘争意思を奮起させた。同二十八年五月以後は執行委員となり同年八月十二、三日に行われた労務基本契約改訂闘争のための全駐労ゼネストに際しては、主動的立場において職場組合員をこれに参加させ、行動部長としてピケ隊の総指揮に当り争議中の紛争につき軍側と接衡をした。

その頃軍は右組合に週四十八時間の労働時間を四十時間に短縮する申入をなしたが、それにより労働者の滅収と労働強化をきたすとして同申請人は強硬に反対を唱え交渉委員として軍側と交渉を重ね漸く妥結に到達した。ところがその後軍側の示したその実施要領に妥結点と異るところがあつたので再び軍との間に鋭い対立を生じその解決のための交渉において同申請人は労働者のために闘いこれを有利に解決させた。当時同申請人は班長であつたが、組合の強硬分子として軍より嫌われ自動車から下車勤となり基地の清掃とかタイヤみがきをさせられたので、その不当を主張したところ却つて班長手当を削られたり職場を換えられたりされ、遂に米軍下士官から解雇通告を受けたが、人事課に抗議した結果解雇は撤回された。

同年末の越年資金闘争に際し闘争委員会においてストを以つて要求を貫徹するよう強硬に主張した。しかしスト権の確立には至らなかつたけれどもその会議における論争の模様は軍に知れていた。

同申請人は翌二十九年三月二十六日保安解雇の予定者として基地から排除された。

(2)  申請人塚越について

同申請人は昭和二十六年十月以降同飛行場における特殊警備員として勤務しなお前記組合支部の組合員であるが、同職場には階級制により勤務の差異があり職場の不満を口にすると不利益を受けるとおびやかされ軍隊同様の暗い空気があつたのでその明朗化と待遇改善を実現するため申請人山下らと主動的立場において職場組合員の組合意識を鼓舞し同二十七年十月職場委員に選任されるや翌十一月職場協議会を組織し軍と職制の圧迫と闘い、更に昭和二十八年五月執行委員に選任され同職場における労務基本契約改訂闘争を強力に推進した。同年八月十二、三日のゼネストに際しては情宣部長としてビラ、ポスターの作成配布、ピケラインの巡視、宣伝演説、コーラスの指導等を行いその闘争を指導激励した。また組合機関紙の編集につき組合員の声の欄を設けて軍職制の労務管理を批判する組合員の声を多数掲載した。

同年末の全駐労のゼネスト計画には軍の要求した保安要員の設置に関し委員会において強硬に反対し結局決議をみないまま流会した。

同二十九年一月頃勤務ポストが増大し著しく労働強化となつたので、これに反対して職場組合員の総意を結集するため度々職場会議を開き申請人山下と共にその主動的役割を果し職場の代表として職制と交渉して勤務ポストを減少させると共に職制をも一般労働者と同様に立哨させることに成功し労働者の待遇改善のために活躍した。

(3)  申請人山下について

同申請人は昭和二十六年三月以降前記警備隊において勤務し組合支部の組合員であるが、申請人塚越と同様職場の明朗化と待遇改善を強硬に主張し昭和二十八年十二月職場委員となり同時に職場協議会の役員に選ばれ職制と交渉して前記のように要求を貫徹のため活躍した。

なお同年八月のゼネストに際しては強硬分子として組合員の闘争を鼓舞しピケラインにあつて未組織労働者を説得してストに協力させた。

(4)  申請人藤吉について

同申請人は昭和二十五年九月以降右飛行場フリートサービスセクションにおいて荷扱夫として勤務し組合支部の組合員であるが、職場の明朗化と待遇改善のため職場における強硬分子として職制と闘い昭和二十七年五月職場委員、同二十八年五月執行委員となりなお職場会議の書記を勤めた。

同年夏頃一組合員が自己の作業服を洗濯するため軍用石けんを持ち出そうとしたところ米軍の兵隊に発見されキャプテンから直に解雇された。しかし従来そのような行為は黙認されていたので同申請人ら職場の者は軍側の措置を不当であると主張し軍側と対立抗争した結果解雇を撤回させた。

同年八月十二、三日のゼネストに際しては七月以降健康上の理由から執行委員の職から離れていたけれどもピケに参加して激励した。

同月十二日軍側の週四十八時間勤務制を四十時間とすることに協力せられたい旨の申入に対しその協議のため職場大会を開催した際同申請人は議長としてこれに反対決議を成立させるよう議事を運営し、結局全会一致で実力を行使しても軍案に反対を決議した。

右スト終了後同月十四日米兵が一従業員にストに出た理由で暴行した事件につき職場の者は泣寝入りと考えていたが同申請人は正当な争議をした者に暴力干渉することは将来のために許されぬと主張して職場の総意を結集し部隊長、職場キャプテン軍曹に交渉しその兵隊を配置転換させた。

これより先同年一月以降米軍曹スワイツルが職場の監督として着任したが同人は労務者に正規の作業外の労務を命じたので、労務者の不平を生じさせ、更に航空機乗客の持物が紛失した事件につき日本人労務者が犯人であるような嫌疑がかけられキャプテン及軍曹から四十八時間以内に日本人の中から盗品を出さなかつたら全員を配置転換する旨脅かされた。このことから職場労務者の不満は増大したが同申請人は職場全員を結集させてスワイツルの追放を決議し同軍曹に対する反対闘争を展開した。そのため同年五月頃同申請人は基地内日本人人事課に呼び出され追放運動を継続すれば同申請人ら労務者に犠牲者が出ると脅迫されたが結局右闘争の結果スワイツルは配置転換となつた。

同年十二月ゼネスト計画に対し軍側からの保安要員の要請に対し申請人塚越、染谷、山下らと共に強硬に反対し軍側の要求を拒否した。

しかして右にいう職場会議、協議会又は懇談会なるものは組合の正式機関とは認め難いけれども、前記証拠によれば、組合の意思に反するものでなく、組合の黙示の承認の下に日常の組合活動をなすための職場における組織と認められるので、右会をとおしてなした申請人らの前記活動は組合の黙示の授権に基く常例的組合活動と見るべきであつて、もとより正当なものに外ならない。

右のように申請人らは、いずれも活溌な組合活動をなしたのであるが、その活動は行動自体に照し軍側に知れていたものであり或は容易に知り得たものと推定できるから、軍側において申請人らを労務管理上好ましくない人物として注視したであろうことは推察するに難くない。

ところで使用者が平素の組合活動の故に好ましくないと思つている労働者を不利益に処遇したときは、使用者の主張する不利益処分の理由が具体的妥当性あるために真実その理由の故に処分されたと認めても社会通念に照し無理からぬと首肯できる場合を除き、その組合活動の故に差別待遇をなしたものと疑われてもやむを得ないものであり、かつ不利益処分理由に具体的妥当性のないことは他の意図すなわち不当労働行為意思を推測させる資料ともなり得るので、使用者側においてはこのような不利益を免れるために処分理由の外にその合理性を主張立証する必要があるわけである。

それ故使用者の主張する不利益処分の直接の動機が組合活動抑圧その他団結侵害の意図以外の理由であるということだけでは、その処分理由が単に口実に過ぎないと判定される余地なしとしないから、その処分が不当労働行為ではないとの結論を当然に導くものではない。

そこで本件の解雇理由を見ると、

被申請人の主張する解雇理由はいわゆる保安解雇であつて、申請人らはいずれも附属協定第六九号に定める保安基準に該当するとしてなされたものであるけれども、基準該当の事実は被申請人において何等主張立証しないところであるから、この事実を肯定するに由なく、したがつてこのことからは解雇の直接の動機が合衆国の保安上の理由に基くことを推察させ得るとしても、その具体的妥当性は存在しないものという外はないので、前記のような組合活動の故の解雇ではないかという推測を打ち破るに足りないばかりでなく寧ろ保安上の理由以外に真の解雇理由の存在を疑わさせるという意味において不当労働行為認定の資料ともなるのである。

右認定のように使用者である軍が申請人らの活溌な組合活動を嫌つていたという事実と解雇理由の具体的妥当性の不存在とを併せ考えると、直接の動機とされた保安上の理由は単なる表面上の理由であるに止まり本件解雇は保安上の理由に藉口し、組合活動を決定的理由とした不当労働行為であると認定するのが相当である。

被申請人代理人は慎重な手続を経て保安解雇の措置をとつたので、不当労働行為に当らないと主張する。しかしたとい米軍が保安解雇をなすにつき附属協定に規定する手続を正規になしたとしても保安解雇の具体的妥当性を推定させるものではないので、このことを以つて不当労働行為の成立を否定する資料となすことはできない。

しかして駐留軍労務者の解雇について、被申請人国はすべて軍の決定するところに従つて、解雇の措置をとるものであることは被申請人の自認するところであるので、軍のなした不当労働行為につき国はその責任を免れないものといわなければならない。

不当労働行為である解雇が無効であることはそのような解雇が憲法第二十八条の規定に基く労組法第七条に違反するものであつて、公の秩序に反する法律行為に該当すると考えられるからであり従つて本案請求権は疎明がある。

そして解雇された労働者が生活の基盤を失い著しい損害を被ることは容易に推察されるので解雇の意思表示の効力停止を求める本件仮処分申請は本案請求権の保全の必要性あるものといわなければならない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

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